第8回 ハナムラチカヒロ氏 + 飯島ツトム氏 社会を変えるまなざしの力(5)

よく生きるためのデザインへ。「CREATIVE SHARE」

ー確かに今の世の中には私も「危機感」や「規範の崩壊」を感じます。お二人ともアートとデザインに関わっていらっしゃるので、そのことにどう「アート」と「デザイン」が関係しているかお伺いしたいのですが。

 

ハナムラ

 「武士道」や「大和撫子」という言葉で良いのかどうかは分かりませんが、ある時代、ある地域の人々の間で信じられ共有されていた価値観があったのだと思います。

 その信じられてきたものが、近代化という短時間の中で一度解体され、別のものにすり替わっていったのではないかと思います。

 

 特に僕ら以降の世代に顕著ですが、何を信じていいのかがわからないような感覚があるのですね。自分が信じるに足るものが見えない世の中になっているだからこそ、今もう一度その信じるに足るものを見つけ出す、という行為が必要な気がしています。その中の一つとして先ほど言われていた「本質に忠誠を誓う」ということもそうではないかと。

 

 僕なりに解釈すると、「人が見ているから何かいいことをする」とかではなく、「己の中に美醜や善悪の基準を復活させる」っていうのが本質に迫る上で大事ですよね。本当の意味で「良く生きる、かっこよく生きる」ということを取り戻さないといけないし、生きる規範、行動する時の規範、信じるに足る規範を己の中に復活させることが非常に重要な課題だと思っています。

 

 それと自分のしているデザインをどう結びつけるのかということはとても難しく、今でもずっと悩み続けていることではあります。

 

 そのことへの一つの取り組みですが、僕は自分が取り組んできた「風景異化」の日常への延長として、最近は「CREATIVE SHARE」というテーマでそうした問題に対して答えとなる補助線を与える事が出来ないかと考えて、このアトリエを中心に学生や様々な人を集めて活動をしています。

 

ハナムラチカヒロ氏のアトリエ「♭」

 

ハナムラ

 その背景としては、数年前からシェアという考え方がインターネットを中心にして世界全体に現れ始めています。それまでは大量生産大量消費という、全員が全員モノを持たないといけないと思わされていたんです。大量に買っては大量に捨て、限りある資源がどんどんゴミへ変わって行く現状がある。それを一体いつまで続けて我々は生きていくのかという疑問があります。

 

 そしてデザイナーはそうした大量生産と大量廃棄を促すような欲望の捏造に加担している部分があるんですね。まだ使えるはずのものでもモデルチェンジすることで次を買わせる。そのような欲望をあおる装置としてデザインが行なわれていて、それに警鐘をならさねばならないと思うんです。

 

 CEATIVE SHAREというのは僕が提唱する概念で、「個人の持つ様々な資源を場に持ち寄り共有と対話を通じて新しい価値を生み出すライフスタイル」と定義しています。

 

 これはyoutubeWikipediaなんかのようなインターネットのオープンリソースから始まっていると思うのですが、一人では生み出せないような創造的な場がそこに生まれる。ある場に対してみなで何か提供できるものを持ち寄り「GIVE」する中で、自分が「TAKE」できるものを持って帰る、あるいはみんなで「TAKE」出来るものを生み出していくという考え方です。そのたくさんのGIVEを「SHARE」できる世の中を目指すべきなんです。

 

 誰かが損をするから自分が得するという社会ではなく、自分と相手とが共に得をする社会を模索するべきですし、そうした対話を重ねるべきだと思っています。願わくば、すべての企業がそういう考え方を持ってくれればいいというのが僕の希望です。そしてそれに向けて自分のアトリエでの取り組みを行っているつもりです。

 

ー素晴らしいです。

 

飯島

 ハナムラさんのお話を受けて、デザインをテーマにお話します。

 

 実は私は、デザインの前に航空力学をやっていました。失速をしない飛行機、墜落しない飛行機を研究していたのですが、飛行機のデザインをするとき、自然に学ぶ、鳥類や魚類に学ぶというところが大きかったんです。

 

 自然界、自然のものの仕組み、特に空気の形を見る、実は空気が形を決めているんだ、ということに気付きました。なぜ気がついたのか。普通は皆、模型を風の中に入れて実験してみるのですが、私は自分自身が風の中に入ってみたんです。

 

 そうすると、風が自分に当たるのを感じる。その時に理解できました。空気が形を決めているんだと。空気の流れを理解することで、自然と理想とする機体の形態は決まってくる。

 

人はものを、最初から手で作ろうとするんですが、ほとんどのものは、空気や水に代表される流体と自分との対話の中でうまれてくる。

 

 先ほどの「本質への忠誓、追求」というのはみんなの足元、身近にあるのです。思い込みというたがを外せば、人間は本質に辿り着くことができるんです。こういう風に「本質」を顕わにして、言語表現を精緻化してデザインしていくことが重要なんですね。

 

飯島

 そこから見いだしたのが「デザインしないデザイン」というものがあるということ。

 

 これはハナムラさんのおっしゃているように、今は、しなくてもいいデザインばかりをしているから、どうしようもないガラクタばかりを生み出すことに、デザイナーが加担しているということになっているんです。建築家も同様ですね。プロダクトをする人間がそこを考えないと、ガラクタが山のように積みあがっていく。

 

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